テレビを見る時間って本当に必要?50代からは自分で情報をつかみに行こう

同年代の友人は、帰宅して最初にテレビを付けるんだそうです。音が無いと寂しいとの事。これって、思考の停止を加速する行動だと思うのです。

インターネットが今ほど当たり前ではない時代ならともかく、今はスマホで世界中と繋がる時代。興味があることを深堀りしたり、調べたり。自分の可能性を広げられる環境にいるのに、このままで良いの?と思います。

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テレビの情報に踊らされていないか

50代の友人と会うと、テレビの話題が出ない日がありません。CMで流れた商品を探しに行ったり、面白かった番組を熱く語ったり。その時間と思考、実に勿体ないと思います。

CMは広告。つまり企業戦略にはまって貴重なお金を出そうとしているわけですし、番組も未来の自分に生かせるほどの事ではありません。何も生まれないのです。

友人がテレビを見る理由

なぜテレビを見るのか聞いてみました。理由は以下のとおり。

  • 小さい時からの習慣
  • 世の中何が流行しているのか知りたい
  • 世の中のニュースを知っておきたい
  • 緊急速報をリアルタイムに見れる
  • ぼーっと眺めている時間が癒し

これらは「習慣」を除けばスマホでも十分に可能です。それでもテレビを見るのは「自分でアクションしなくても何かを得られる=楽」だからですよね。

その情報、貴重な自分の人生に必要でしょうか?

流れてきた情報はキャッチしにくい

ドキュメンタリーや歴史番組ならまだ良いかもしれません。影響を受けて本を読むようになったり、実際に現地へ行ってみたりする可能性はあります。でも、芸能人の旅番組やトーク番組、気分が落ち込むようなテーマ特集を眺めていて良いのか?と。

テレビは視聴率をかせぐために、人をひきつけるためのエピソードを流します。

1つの出来事は、良くも悪くも色んな解釈があるのに、不安をあおる角度からした流さない、悲しい角度からしか流さなないといった感じで内容が偏りがちです。

じゃぁ、何かを頑張っている人を見て感動したら?プラスになりそうですよね。でも、よし私もやろう!と気合が入ったとしても一瞬。なぜなら、 ただ流していて、なんとなく知ったから。

自分の手で調べた事でも、歩いて探したことでも無い。受動的に知った事だからなんですよね。

娯楽と割り切って時間を決める

focused young ethnic woman with remote controller watching tv at home

つまり、テレビを見るなら主導権はこっち側にしよう。「娯楽」として番組を選び、時間を決めて見ようと言いたいのです。

人は魅力を感じていない事にあえて挑みません。テレビを付けっぱなしにしないことで、どれだけ時間を有効に使えるのか、自分にとって魅力があるのか分からない限りずっとその習慣をやめないでしょう。

でも「習慣」は自分で変えることが出来ます。なんとなく見ているその時間を、新しいチャレンジ(本を読んだり趣味をしたり)に変えると、思考も変わって行動的になります。これ、ほんとに実感です。

テレビを見ていると、何となく世の中を知ったような気になっているけれど実はほんの一部。テレビ向きの思考に偏って固まってしまう前に。

「娯楽」と割り切って、番組を選び、時間を決めてみませんか?

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